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プロセスレコード

水商売をしていました。看護師になりました。

子宮頸がんワクチン薬害説と日本らしさのこと

 

子宮頸がんワクチン推奨再開に向けて、各学会が相当に努力しておられるようです。

 

yomidr.yomiuri.co.jp

 

私が医師でジャーナリストの村中璃子氏のファンになったのは、子宮頸がんワクチン薬害説に対する真正面からの批判があまりに科学的で5回くらいWEDGEの村中氏の記事を読み返したことからだったし、

キャバクラ嬢の時からトークイベントに行ってしまうくらい大好きだった開沼博氏との対談なんて鼻息荒く読んだものだし、

最近、某新聞社の医療面の元編集長さんとランチした時に「医療ジャーナリストはあれくらい裏取りしなきゃいけないんだよね、本当は」という話題になって益々憧れは募るばかりです。

 

wedge.ismedia.jp

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そんな中思い出すのは、自分がパニック障害を発症した14歳、ちょうど10年前のこと。

 

突然の動悸と息苦しさ、手足の震え、このまま息が止まって死んでしまうのではないかという恐怖感をじっと耐えた後に待つのは、頭が働かなくなって息の仕方が分からなくなりそうな、まっすぐに歩くことさえ難しい自分。誰にも相談できずに、毎日「明日死んでもいいから今日は生きよう」と親にも周りにも必死で隠していました。

 

当時はネットメディアも発達しておらず、子宮頸がんワクチン論争もはじまっていなかったけれど、もしもあの時14歳の私が子宮頸がんワクチンを接種していて、もしも母が私の異変に気付いていたら。

 

子宮頸がんワクチンの副作用症状としては奇異な麻痺、記憶力・集中力の低下といったものが代表的に主張されていますが、実際には子宮頸がんワクチン接種後に起こったすべての身体的異常がHANDS症候群(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群)とされていますから、

我が子が将来困らないようにと必死になるあまり子どもとのコミュニケーションに難をきたし、我が子に人格を否定する言葉を投げ続けてパニック障害すら発症させてしまうような状況に置かれていた私の母親はきっと

私の症状をワクチンの副作用だと信じ込み、心因性だなんて認めなかったでしょう。

「私の子どもが精神的な問題を抱えるわけなんてあるはずない!だって私はこんなに頑張って子育てしているんだもの!」と

心因性だと診断する医師を信用せず、HANDS症候群だと「診断してくれる」医師に辿り着くまで、ドクターショッピングを繰り返していたでしょう。

 

現在私は、パニック障害の悪化によって二次的に発病した抑うつ状態のため休職を余儀なくされています。

パニック障害について看護大学で教わってきた私自身ですら、私を受け入れてくれる社会はあるのかと、ちゃんと復職できるのかと不安に飲み込まれそうになる度に「これが私や家族の問題じゃないと思えたらどんなに楽か」と逃げ出したくなるのも本音です。

 

 日本だけでここまで問題が大きくなった背景には、そもそも子宮頸がんワクチン論争が始まる以前に、一般的な知識として思春期に心因性のけいれんや身体痛、精神症状が出る可能性について啓蒙されておらず、医療関係者以外の「普通の人達」がそういった症状について何も知らなかったことが挙げられるのではないかと感じます。

「思春期のストレスが身体に、他者から見て相当にショッキングな形で表れることもあるのだ」と、医療者だけでなく一般の人々への理解もあらかじめ広まっていれば、全てが子宮頸がんワクチンのせいになることも無かったのではないか、と。

また、「心因性」という言葉への家族の強い拒否反応を本やインターネットで見る度、心因性の疾患を持つ患者やその親に対する偏見、社会の不寛容さ、ひいては心因性の疾患なんて絶対に認めない、と親自身が心を閉ざしてしまうくらいの「親」という存在への子育ての押し付けがあるのではないかと、心のどこかで感じてしまうのです。

 

子宮頸がんワクチン薬害説を唱え続けている、信州大学医学部長である池田修一教授が、村中氏に対して名誉棄損で訴訟を起こす方向だと報道がありました。

信憑性に欠けるデータを用い、思春期の女子やその母親の不安を煽り立てる池田班への憤りを強く感じると同時に、 現在、子宮頸がんワクチン薬害問題に関して「薬害が存在するか否か」が論争の焦点にばかりなっていることを危惧しています。

 

子宮頸がんワクチン副作用が本物だったとしてもそうでなくとも、苦しんでいる少女が、そしてその親が今の論争をどんな気持ちで見守っているのだろうかと想像する度に悲しくなってしまうのです。

 

マスコミが、WHOが推奨するワクチンの接種を否定し、子宮頸がんの発病の増加に加担しているおかしな社会。その一方で、現在「子宮頸がんワクチンのせいだ」と信じることで自己を保っている患者や家族が、拠り所である「副作用」を失った時に絶望の淵から落ちてしまわないだろうか。

彼女達をどうフォローしていくかまで考えることが医療者の義務であり、きっと現場では私の予想なんて遥かに超えた医療者の皆様の苦しみがあるのだろうと想像しながら、自分にもできることはないかと悶々とする日々です。