医者嫌いなキャバクラ嬢がかかりつけ歯科医をみつけた理由
大学2年生の夏、大学の学費が払えなくなりそうだったのでキャバクラでアルバイトを始めました。
少し怯えながら、偏見を持ちながら、どこか思考停止しながら入った水商売の世界は、
指名が一本、また一本と増える度に、自分の女性性の価値が分かりやすく金銭的に上昇していく居心地の良さをまとわりつかせるようになっていました。
大学の皆が知らないような世界を知った気分になり、自分にとっての10万円の価値が暴落してキャバクラ嬢としてのアイデンティティが形成されるにつれ、案外困るのは病院に患者としてかかる時。
蝸牛型メニエール病や軽度のアレルギー性鼻炎・結膜炎・アトピー体質、数ヶ月に1回発作の起こるパニック障害等ちまちました疾患を大量に持っているため、病院はそこまで重要な立ち位置ではなくとも欠かせない存在だったのですが、
ほぼ2日に1回のペースで記憶がなくなるギリギリセーフの量のお酒を飲む私にとっては運の悪いことに、持病に処方される薬はことごとく相性の悪いものでしたし、
さらっと「あ、お酒は飲まないでくださいね」と医師や薬剤師に言われる度、いや仕事にならないんだけど、大学行けなくなっちゃうんだけどとイラッとしては「水商売なので無理です」とペロっと言ってしまう女子大生で、きっと彼らとしては面倒くさい患者だったと思います。
「個人的にはそういうバイトはやめた方が良いと思うんだけどねえ」という有害な善意のお言葉を、
「別にそういう仕事に偏見ないから」という、本来なら君達は偏見を持たれて断罪されて当然の存在だけど僕は心が広いから受け入れてあげているんだよという溢れ出る選民意識を、
「私も知り合いにキャバ嬢いるよ」という、普通の人にとっては周りにいなくて当たり前なんだけど私はアングラな業界にも理解があるからそういう人も寄ってくるのよというナルシズムを
自分が入っていく医療の現場で患者として浴びるとは思ってもみなかったし、私も昔はこんな風に人を傷付けてきたのかなと思うと、反省と自己嫌悪で益々不遜な態度となってゆきました。
なので、6歳の時に虫歯になった6歳臼歯の詰め物が突然取れて慌てて探した大学の近くの歯医者で親知らずを抜いた方が良い話をされ、「抜いたら3日はお酒飲んじゃダメだよ」と言われた時の私の「キャバクラやってるから無理なんだけど」という言い方はいかにも頭の悪いキャバ嬢のイメージ通りに投げやりで失礼なものでしたし、30代くらいのやたらフランクな口調で喋る歯科医は一瞬動きを止めまして。
けれど、その歯科医が少し考えた後に、
「俺大学生の時に親知らず抜いたんだけど、大丈夫だと思ってその日に飲み会で結構飲んじゃって。そしたら血止まらなくなって口の中真っ赤で2日くらい口が鉄の味して気持ち悪かったんだよね。それでもいいなら良いんだけどほんと気持ち悪いからね。調整できないかな?」
と言ってくださったその反応の、
あなたが何をしていても別にどうでも良いけど言うこと聞かなかったらこんなことが起きると予測されるよ、どうする?というスタンスは感動的なまでに新鮮で腹立たしくなく、今度は私が一瞬動きを止める番でした。
結局親知らずを抜いた翌々日くらいにはお酒を飲んでしまったのですが、次の診察で「2日後同伴入っちゃってねー」と言ったら「飲んじゃったかー」と笑っていたし、
あの歯科医のようなスタンスで身体を診てくれるお医者さんは今も探しているところです。
私自身、薬とお酒の相性が悪いことを伝えなければいけない医師や薬剤師の立場なんてとっくに理解していて、でも身体的に自分を大切にするためにお酒を辞めたら社会的に生きていけなくなるジレンマを抱えていて、それを軽視する医療者にどこか苛立っていて。
「水商売だからムリ」なんて言われたら相手が困ってしまうのは分かっていても、黙って勝手な自己管理をするのはどこか罪悪感があって。
自分の身体のことだからって真っ直ぐに論理的に考えられる人間そうそういないわという思考は自己弁護かもしれないけれど、
医療の世界にいるつもりなら患者の心身の矛盾に付き合っていかなきゃいけない上、
患者にとっての「良い医療者」なんて、医療者自身が思うよりもずっとちょっとした一言で決まってしまうのかもしれないと思うキャバクラ看護学生生活でした。