読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プロセスレコード

水商売をしていました。看護師になりました。

性犯罪を受ける、ということ

 

治安のよくない東京下町で育ったので夜どころか昼間っから露出狂なんて日常茶飯事だったし、電車の中で痴漢にあうことは少なからずあったものの、傷付くくらいの性暴力、というものに初めて遭遇したのは2年前の4月でした。

 

キャバクラ勤務をしていて、お客様と食事をしてから一緒に出勤する、いわゆる「同伴」が入っていた毎日のように入っていた週だったので、酔いと疲れでふらふらしながら終電に乗りました。

 

人でギチギチの終電にありがちな、後ろから触られる痴漢に、普段ならすぐに振り払うところ、酔っていたのと疲れていたせいでそんな気力もなく、すぐ気が済むだろうと触られるがままにしていました。

 

私の降りる駅までお尻や太腿を撫でる手は続き、ああようやく解放されると電車を降りようとしたところ、腕をぐっと掴まれました。

 

あまりに強い力で、一瞬にして酔いも疲れも飛んだものの恐怖で声を上げることもできず、「あ、やばいやつだ」と思っている間に電車のドアが閉まりました。

 

その後も下半身を触る手はずっと続き、どこかの駅で手を掴まれて一緒に降りてしまって、近くの建物の裏で気持ちの悪いキスをされました。

 

知らない男の人に身体の一部を掴まれている恐怖感や、逆らったら殺されるんじゃないかといった感覚はいつの間にか消えていた、というよりもその時に自分が何を思っていたのか、全く思い出せないのです。

 

あの男が私を完全にモノとしてしか見ていないのはとてもよく伝わってきて、私も、「あ、私はモノなんだ」と感じた時点で思考をシャットアウトしていたのかもしれません。

 

幸いにも、靴とストッキングを脱がされたあたりで近くを通る車の音が聞こえて我に返って抵抗を始めることができて、突然の抵抗に驚いたのか男は逃げていきました。

 

財布と携帯が盗まれていないことを確認して、駅前までふらふらしながら歩いて行って、そのままタクシーで帰宅しました。

 

 

2度目に性暴力に遭ったのは、ちょうど去年の今頃でした。

男友達と2人で歌舞伎町で飲んでいたら向こうが呂律も回らない、真っ直ぐ歩くこともできないくらいに泥酔してしまいました。私は終電で帰る予定だったのですが、そのまま放置するわけにもいかずに安いラブホテルに放り込んで自分は帰宅しようとしました。

 

あれだけふらふらしていたクセにどこにそんな力が余っていたのか、帰ろうとする私の腕を引っ張ってベッドに押し倒しました。私は全力でベッド上部の堅いところに頭を打った激痛で気が遠くなりました。

完全に彼の目が据わっていて怖くて、もう気が済むまで好きにさせていいや、と半ば諦め気味で服を脱がされたところまではまだマシで、あろうことか彼は写真を撮ろうとしてきました。

 

酔っているが故の、記憶にも残らない行動だったのでしょうが、リベンジポルノという言葉が流行っていた時期でもあり、さすがにそれはと抵抗しました。

 

そうしたら、スマホを放り出して首を絞められました。

 

あ、やばい、と、本当に殺される、看護師しかも元キャバクラ嬢が歌舞伎町のラブホで変死なんて週刊誌くらいにしか需要ない上に親に申し訳なさすぎる、と全力で抵抗を続けていると、気が変わったのか「萎えた」のかそのまま彼は隣で寝てしまいました。

 

 

性暴力の被害を受けたのはその2回。

自分に何が起きたのか理解しているのかもあやふやなまま、どちらのケースもまずシャワーを浴びました。男に触られた感覚も、痣も、臭い息も、一刻も早く身体から削ぎ落としたかったのです。

 

それが犯罪だと、犯罪の検挙に関わる証拠を自ら洗い流してしまったことに気付いたのも、どちらも出来事から3日以上経ってからでした。現実の経験じゃないような感じがして、でも身体に残る感覚が消えなくて耐えられなくて、なんでもない話のように大学の友人や昔からの知り合いにぺらぺらと喋る中で「それ、犯罪だよ?」と恐る恐る指摘されて、ようやく私が受けた性暴力は現実の経験で、性暴力を受けた事実を無かったことにはできないのだと思い知らされ、そこから1週間、吐き気で食事の取れない日が続きました。

 

先日、知人が何かのきっかけで「日本の性犯罪の検挙率が低いのって、実際に性犯罪が少ないからじゃないの?」と言っていました。

 

私自身が性暴力の被害を受けて、1年以上が経ってみて思い出すことは、渦中にいる時、私は「モノ」になる、という意識です。

 

誰かと喧嘩をして殴られる時、相手は私という人間を殴っていて、「私」を傷つけようという意思がある。だから私が感じる恐怖も、その後の怒りもとても純粋です。

一方で性暴力を振るわれている時、相手は私を人として見ていないのです。支配欲と性欲を満たす道具で、ラブドール以下の存在なのです。そしてその意識は私にも侵入して、「私は今、人じゃないんだ、モノなんだ」という、純粋な暴力とは別の恐怖と諦めが、思考を麻痺させるのです。

 

同じような性暴力を受けたことのある友人に、その出来事の間何考えてた?と訊いたら、「これいつかなんかのネタになるかなーって思ってた。翌日になってやっと状況理解して泣けた」と話してくれて、自分が人として扱われないことで思考が乖離するような感覚を持つのは私だけじゃなかったのだと安心しました。

 

こんな記事を書いたからといって、性暴力を受けた女性の気持ちはこうですよ、なんて代表ぶって言う気はさらさら無いし、PTSDに悩む被害者が多いのも知っています。むしろ私や友人の感覚こそ普通じゃない可能性だってあります。

ただ、日本の性犯罪の検挙数の低さと、唐突に自分が「モノ」になった時の感覚や行動はもしかしたら関係があるのかもしれないとも思うのです。モノになった混乱は理屈っぽく説明なんてできない。

 

今更警察に駆け込む気力も無いし、「性暴力、性犯罪」という社会の問題に関する勉強をするほど経験を消化しきれてもいません。

ただ、性暴力を受けたあの日からある程度時間が経って、自分の中で完結させたい、せめて区切りをつけたい。そう思って文章を書いたらこんなに長くなってしまいました。

 

誰だって、唐突に性暴力を受ける可能性のある社会の中で、ここまで読んでくださった方がいれば、そしてもしも何か感じるところのある方がいれば、この上ない幸せです。